寝落ち前

女子大生の500字日記。いつまで続くか不明です。

今日はなんだか無性にイライラする。馬鹿な大学生だと思っていた姿と自分がだんだん重なって、将来やりたいことが見えなくなってきた。何故か。生理だから。とにかく生理の何が嫌かって、思考力が低下しているために生理であるということをちょいちょい忘れてしまうのだ。その度に原因の分からない体調不良にイライラさせられる。そっか、生理だから、と気付けばずっと楽になるんだけど、そこまで時間がかかるのである。世の男性はこういう事を全く感じないまま生活しているのかなあ。それとも男性は男性なりに色々大変なんだろうか。ともかく、明けない夜がないように、終わらない生理はない(多分)。女性の皆さん、今こそ立ち上がろう。手を取り合ってこの理不尽な体内プログラムと戦うのだ。

ネイル考

ネイルはやる前が一番楽しい。ネットで「シンプル かわいい ネイル」とかで検索して手持ちのネイルを揃え、爪の形を整える。ベースコートを塗る。以上。そこから先はただ苦しいだけ。完璧なネイルなど存在しない。マニキュアは大体ちょっとずつはみ出すし、ムラになる。ネイルシールを爪の形に綺麗にカットするのはまあ難しくて、頑張って描いてみた模様は滲む。はみ出たところを拭いたら綺麗に塗れていたところも消えてしまう。結局は塗りかけのネイルを除光液で全て落としてしまう。他人の爪なんて誰もそんなに見ちゃいないって、そんなことは分かってるんだけど、これはもう自分の気持ちの問題なのです。ネイルなんてしなくてもいいものを、あえてやるからにはそれなりに綺麗なものを、という。どうして世の女性たちはセルフネイルでそんなに自信満々に街を歩けるのだろうか。それとも彼女たちも、せっかく塗ったネイルを全部落としてしまう夜を何度も乗り越えて、自信を手にするんだろうか。だからね、街のネイル屋さんって、決して高くないと思う。そこではネイリストに技術と、「プロにやってもらったネイル」というお墨付きをもらうために、お金を払っているのです。

本棚は人を映す。

とは言うけれど、それって本当なのかなあってちょっと思う。というのも私の本棚なんて好きな本はほとんど揃っていなくて、大部分は過去の手帳と日記、高校の時の教科書のいくつか、あとやたらとかさばるシラバスと卒アルで占められている。まあ逆にそれが私らしいといえばそうなんだろうけど。図書館もあるし電子書籍も一般化してきている今、みんな自分の本棚なんてちゃんと持ってるんだろうか。ちゃんとした本棚ってちょっと憧れがあって、好きな本を買い集めようかなって思ったこともあるんだけど、それってなんだか意味のないような気もする。それよりも、毎日欠かさず見るサイトとかブラウザのお気に入りに入ってるものとかの方がよっぽどその人を映すと思う。よくアクセスするサイト、上位3つとか聞いたらみんななんて言うんだろう?SNSは抜かすとして。「ほぼ日」なんだか真面目そう。「オモコロ」そっち系か。「WEAR」オシャレさんだな。「MERY」おっと女子だな。うん、なんとなくわかったつもりになる。ちなみに私が3つ挙げるとするならばデイリーポータルZYouTube、ネイバーまとめ。さもありなん。

銀杏

上野公園には銀杏がたくさん落ちていて、雨の匂いと共に香りが立ち上っていた。三粒まで、などと言われながら銀杏好きの両親と一緒に小さい頃から慣れ親しんで来た食べ物ではあるが、そんなに美味しいとは思えない。もちもちとしていてかすかに味がするという点では求肥に似ている。別に嫌いではないが、取り立てて食べたいとも思わない食べ物。とはいえ万人に好かれるわけではないだろうその匂いは嫌いではない。黄色く染まった銀杏の樹の下を歩くとき、その香りを嗅ぐとなんともいえないノスタルジーな気分になる。近所に寂れた散髪屋があって、小学校の帰り道通りがかると店主が店先で銀杏を洗っていた。ふと顔を上げたおじさんと目があって、見てはいけないような気分になって慌てて立ち去った。その店はしばらくして潰れた。記憶の中の、座って銀杏を洗う曲がった背中が哀愁を感じさせる。また十何年かしか生きていないのに銀杏の匂いだけで思い出すことが多すぎる。これからもっと歳をとったら、身の回りのあらゆることに記憶が紐付けされて、触れるたびに思い出すのかもしれない。街を歩くだけで思い出に押しつぶされてしまう。とはいえ忘れてしまうのもかなしいけど。

ほろ酔い

いつかの日記。友達と飲みに行ってきた。サワーを二杯と美味しい焼き鳥をたくさん食べてぼーっとする。店から出ると秋の夜風が涼しくて、コンビニでスミノフとアイスを追加して友達の大学まで歩く。後ろの友達の声を聞きながら、わざとふらふら歩いてみたり、スキップしたり走ったり、ケラケラ笑ってみたりする。完全にご機嫌、ほろ酔いの人。そしてほろ酔いの人というコートを一度着てみると、そのなんと軽やかで自由なことか!塩キャラメルモナカをかじる。静かな構内で教会のパイプオルガンが聞こえた。まだ活動している生徒たちのかすかなざわめき。スミノフをあおる。いつもはしないようなことをしてみたくなる。誰彼構わず話をしてみたいような、この上なく幸せな心地。帰りたくない気持ちに、しかし残った理性がこのままでは帰りどきを失うとストップをかけた。家に帰って取り急ぎメイクだけ落としベッドに入ると、気づけばほろ酔いコートは脱げていて、今朝はまた何事もなかったかのように仕事に戻る。というテキストを打っていたら三回も手違いでリセットしてしまった。酔いはまだ抜けてないらしい。なお私は未成年なのでこの日記はもちろん創作である、悪しからず。

電車しぐさ

一つだけ空いている電車のシートに腰掛けるとき、隣の2人に全くぶつからず、かつ上着の裾を広がらせないようにすることって難易度が高すぎないか、というそれだけの話なのですが。座るときにはまずカバンを抱え、ここに座りますよと両隣の2人にアピールして少しだけ荷物やら上着やらを寄せてもらい、くるっと回転して後ろ向きに僅かに空いているスペースに収まるように座る、その際できるなら上着の裾を広がらないようにまとめ、スカートやパンツにシワができないようにすっと伸ばす、というこの動作の間に時として電車は大きく揺れ、満員の乗客が座席の方に押し寄せて来るわけだ。それを易々とこなす皆さまは本当にすごいと思うし、日本人の美しい所作ランキングみたいなものがあるとしたら必ずやベスト3の内に入る。以前芸能人にお土産の渡し方とか茶の湯の作法をやらせてあれこれ言う番組があった(まだやっているのかな?)けど、あと10年くらい経ったら電車の乗り方も明確にルール化されるかもしれない。電車に乗り込んだらどの場所から順に詰めるか、雨傘の持ち方、上司と一緒に並んでつり革を持つときの順番と作法、みたいなものが勝手に決められて、謎の評論家がバラエティでデーモン閣下の批評なんかをしていたら愉快だ。

タンゴのすべて

背中の大きく開いたドレス、深いスリットから覗く滑らかな肌と鍛え上げられた筋肉がつくる脚線美。高いピンヒール・シューズ、真紅の口紅、艶やかな黒髪。「Concerto del Tango ータンゴのすべてー」を観に行ったら女性の美しさがすべて詰まっていました。星奈優里さんはショートボブがよくお似合いでダンスはうっとりするほどの大人の色気。対して彩乃かなみさん、だと思うのだけど赤いワンピースを着たダンスは表情豊かでとってもキュート。姿月あさとさんがしっとりと歌い上げた「時計」も良かったし、渡辺えりさんの歌声はさすがの迫力でした。舞台上での生演奏、アコーディオンやバイオリン、そして力強いコントラバスの響きが素晴らしかった。ところで一緒に行った友人に、次は競馬に行ってみたい、と言ったところ、なんと「私も行きたいと思ってた!」と。馬は元からとっても好きで、いつかは競馬を観に行きたいとは前々から思っていた、つもりなのですが。これは単なる偶然か、あるいは通学で使う電車の広告に頭が毒されているのか。資本主義に走らされているのは馬だけではないのかもしれない。