寝落ち前

女子大生の500字日記。いつまで続くか不明です。

銀杏

上野公園には銀杏がたくさん落ちていて、雨の匂いと共に香りが立ち上っていた。三粒まで、などと言われながら銀杏好きの両親と一緒に小さい頃から慣れ親しんで来た食べ物ではあるが、そんなに美味しいとは思えない。もちもちとしていてかすかに味がするという点では求肥に似ている。別に嫌いではないが、取り立てて食べたいとも思わない食べ物。とはいえ万人に好かれるわけではないだろうその匂いは嫌いではない。黄色く染まった銀杏の樹の下を歩くとき、その香りを嗅ぐとなんともいえないノスタルジーな気分になる。近所に寂れた散髪屋があって、小学校の帰り道通りがかると店主が店先で銀杏を洗っていた。ふと顔を上げたおじさんと目があって、見てはいけないような気分になって慌てて立ち去った。その店はしばらくして潰れた。記憶の中の、座って銀杏を洗う曲がった背中が哀愁を感じさせる。また十何年かしか生きていないのに銀杏の匂いだけで思い出すことが多すぎる。これからもっと歳をとったら、身の回りのあらゆることに記憶が紐付けされて、触れるたびに思い出すのかもしれない。街を歩くだけで思い出に押しつぶされてしまう。とはいえ忘れてしまうのもかなしいけど。